酒をつくる酒屋が参画する「特別な風の森」~里山のシンボルとしての醸造所~

棚田に建つ醸造所

昨年から取材に伺っている葛城山麓醸造所は、竣工に向けて大詰めを迎えています。まだ工事は続いていますが、十三代目蔵元・山本長兵衛さんと醸造所長・中川悠奈さんに案内していただけることになりました。5月上旬の朝、昨秋の稲刈り以来の「秋津穂の里」。いつも通りの穏やかな光景の中に、真新しい醸造所がその姿を現しています。

里山のシンボルとしての醸造所

一般的に日本酒の醸造所は消費地に近い町中に建てられますが、この醸造所は後継者不足で存続の危機にあるこの地区の稲作を守るため、棚田の中に建てられました。「風の森」は、地元に愛される酒を造るという思いから、地元の米を使って生まれたブランドであり、「風の森」にとってこの地区の稲作を次世代に繋ぐことはとても重要なのです。

里山のシンボルとしての醸造所

醸造所は里山に調和しながらも存在感を示し、ワイナリーのような印象を受けます。ワイナリーは収穫したぶどうをすぐに仕込めるよう畑の近くに建てられることが多く、ワインはその土地の「テロワール」を表すと言われます。土壌、日照や降雨、気温、水、空気、人、様々な動植物など、土地に関わる全てのものが織りなす自然の中でぶどうが育ち、醸されるワインはその魅力を凝縮したものだと考えられています。この醸造所も土地の特性を活かし、棚田の中で酒を醸すことで、個性的な「風の森」が生まれることが期待されます。

里山を100年先へ繋いでいく醸造所

里山のシンボルとしての醸造所

葛城山麓醸造所は「風の森」を増産するための施設ではなく、今までとは違う「特別な風の森」を造ることを目指しています。蔵元の山本さんは、目的はあくまでも里山農業の存続だと語ります。 この地の米と深く関わる酒の力を活用すべく、棚田の中に醸造所を建てることを決断されました。この醸造所をシンボルとして「風の森里山コミュニティ」を創設し、参画する酒屋や消費者も加わった人の輪が築かれ、酒造りを通じて様々な支援が集まり、そして里山を100年先に繋いでいく。そんな強い思いが込められているのです。

蔵の外観が表現するもの

里山のシンボルとしての醸造所

地元の吉野杉をふんだんに使用した建屋は、地元の建築デザイナー吉村理さんによる設計で、スタイリッシュでありながら里山に映える印象的なデザインとなっています。外観を形作っている幾重にも及ぶ吉野杉の方杖は「稲穂」を表しており、たわわに実った稲穂が折り重なる造作には里山繁栄への思いが詰っています。また、工務店、材木商、左官なども極力地元にこだわり、多様な人々がこの里山を様々な角度から支えるコミュニティの象徴として、この上ない魅力を放っています。

御所まち蔵の水で仕込む

里山のシンボルとしての醸造所

中川さんによれば、5月半ばには設備の導入が始まるとのことです。この醸造所はミニマルな設計で、近代的な設備によって、少人数で運営できるよう工夫されています。酵母や水は御所まち蔵と同じものを使うため、既存の醸造データを指標にして緻密に管理できます。わざわざ御所まち蔵から水を運ぶのは、山麓の貴重な水を使わないためです。井戸を掘ったら仁王様が怒るといった言い伝えもあり、環境変化を最小限に抑えながら里山再生を目指す姿勢が再認識されます。

ホスピタリティ溢れるゲストルーム

里山のシンボルとしての醸造所

醸造所に入ってすぐ、大きな窓から里山の風景が広がります。ここは少人数のゲストを応接する場所で、打ち合わせ用のテーブルやキッチンが備えられる予定です。プロジェクターも使用でき、セミナールームとしても利用可能です。テーブルは昔の槽をリノベーションしたもので、床のタイル状の瓦も歴史的な建造物の敷瓦を再利用したものです。真新しい建物に古くからの要素を取り入れることで風格が備わります。さりげない演出によって、ホスピタリティと上質な雰囲気を生み出しています。

里山のシンボルとしての醸造所

里山の息吹を感じる

里山のシンボルとしての醸造所

建屋の内部にも吉野杉がふんだんに使われています。天井が高く、大きな梁や柱がない構造のため、広々とした空間が生まれています。通気性が良く、古くから酒造りに使われてきた吉野杉の抗菌作用も期待できます。

里山のシンボルとしての醸造所

入ってすぐの場所にある屋外への出入り口にはレールが敷かれ、この上に甑が置かれます。棚田の中に米を蒸す白い湯気が立ち上る様子は、里山の息吹を感じる印象的な光景となるでしょう。

近代設備を効率的に配した仕込み蔵

里山のシンボルとしての醸造所

甑の奥には、浸漬用のタンクと複数の仕込みタンクが一直線に配置され、その上部にランウェイとホイストクレーンが取り付けられる予定です。手作業で米を運ぶ作業は重労働ですが、この醸造所では大きなシートに米をまとめて積み、ホイストクレーンで一度に移動できます。まず、米をシートに乗せて浸漬タンクに入れ、吸水後水を抜き、ホイストクレーンで甑に移して蒸します。蒸し終わった米は再び浸漬タンクに入れられ、風を送り込んで放冷させます。冷めた蒸米はランウェイに沿って運ばれ、仕込みタンクに投入されます。緻密な工夫が重ねられた効率的な空間は、前衛的な発想を持つ油長酒造らしさだと改めて感心します。

葛城山麓醸造所が目指す酒

里山のシンボルとしての醸造所

山本さん:御所まち蔵の仕込みに比べて1/10程度の規模なので、田んぼ毎にその個性を生かした仕込みが可能です。将来的には栽培農家や棚田の場所による違いを表現することを目指していきたい。
中川さん:この蔵では、醸造所周辺の棚田で採れた秋津穂を90%前後の精米歩合を中心として使用し、米の味を活かした酒を造ります。同じ秋津穂でも生産農家によって米質が異なります。今までの「風の森」とは違った「特別な風の森」。それは里山のテロワールを楽しめる酒、そんなイメージが湧いてきます。この夏に試験醸造を実施し、2025年から本格的な仕込みに入る予定で、酒が出来上がるのが楽しみです。

美味しさを感じる環境

里山のシンボルとしての醸造所

美味しさにとって情報や環境は重要です。生産地や造り手などのストーリーが美味しさを一層引き立ててくれるのです。風の森の美味しさの理由は多岐にわたり、「美味しさの元と美味しさの先が色々ある」と山本さんはおっしゃいます。美味しさの元としては、菩提酛、正暦寺、秋津穂、前衛的な醸造技術などがあり、それらを知ることで美味しさが深まります。一方、美味しさの先とは、風格のある施設やホスピタリティなど、人の心を高揚させる環境のことで、これらを感じることで美味しさがさらに深まります。この醸造所の風格と環境によって、「特別な風の森」の至高の美味しさが楽しめるのです。

地域とともに取り組んでいく

里山のシンボルとしての醸造所

里山を守るためには、伝統や風習を尊重しながら、少しずつ地域に認められる必要があります。近隣と共生できる景観を壊さないデザインにし、地元の米に関係の深い醸造所だからこそ建設できたのです。まだ地域の方は静観されている状況ですが、少しずつ地域に認められ応援していただけるように、地域のシンボルとなる酒を造っていければ、と山本さんはおっしゃいます。

里山のシンボルとしての醸造所

今回のプロジェクトは、酒屋はこの地の米を買うことで応援できて、消費者は酒を購入することで応援できるといった新しいスタイルです。そして酒屋と消費者もともに参加して築かれるコミュニティが、この地の稲作農業を支えるのです。令和6年6月には「NPO法人さとやまから」が設立され、多くの方の里山支援の想いが広く活動に移されていきます。そして地域の理解がさらに進み、協力者も増え、「風の森里山コミュニティ」の発展が期待されます。

里山のシンボルとしての醸造所

醸造所の外は広々としたテラスになっており、四季折々の風景が楽しめます。酒屋、消費者、農家など様々な人々がこのテラスに集い、心地よい風を感じながら里山について語り合う。 そんな光景が実現するのはもうすぐ。里山再生への大きな一歩となることと、応援します。

関連記事はこちら

酒屋が参画する「特別な風の森」